動物病院で働いて

臨床8年目の獣医師の日々

診療で大切なこと

僕が副院長をしている動物病院、そこの院長は僕が生まれる前から獣医師をやっている。最初は小さな動物病院を開業して、そこでは間に合わないほどの患者がやってきて、次に拡張移転して、それでも追いつかず、もっとおおきな病院を作って・・・そんなふうに飼い主の信頼を得てきたひとです。

ゆたかな経験から学ぶことは多い。院長からすると、臨床経験8年目の僕など、まだひよっこです。

そんなひよっこの僕がこのごろ考えるのは、基本的な診察がいかに大切かということです。普通にやれることを、普通にやる。それでもわからなければ、はじめてむずかしい病気を疑う。むずかしい検査のことを考える。まずは基本です。

教科書で学んだとおり、まずはしっかり飼い主から情報を引き出す。「いつから病気がはじまりましたか」「最初はどんな症状でしたか」。

次に入念に身体検査をする。この身体検査が一番大切。第13胸椎と第1腰椎を押して痛がったら、ふるえているのはここの痛みのせいかもしれないと気づける。腎臓の表面がごつごつしていれば、血液検査をする前に、腎臓病の可能性を考えることができる。あるいは散歩にいきたがらないのは、パッドになにかが突き刺さっているせいかもしれない。

これを読んだ方は、この程度の身体検査をおろそかにすることがあることに驚かれるかもしれません。でも、若手の獣医師はどうしても機械を使って検査をしがちで、身体検査を徹底していないことが目立ちます。そして、少し前の僕もそうでした。

「年齢は?」

「性別は?」

「避妊手術はしているの?」

こんな簡単な質問に即答できない獣医師もいます。まずは動物のことを知ること、みること、さわることです。

次に長引いている下痢なら、食事のことをピンポイントで聞いたり、糞便検査をしたり。セオリーにしたがって、対症療法をおこなう。2週間の治療に反応しなければ、ちょっとむずかしい病気かもしれないと考える。状態が悪ければ、2週間を待たずに超音波検査をしてもよい。

どんなにひどい下痢でも、基本的な手順はおなじ。でも、こうした単純な手順がごちゃごちゃになっているケースは決してまれではない。「食事のことは聞いた?」「薬はきちんとのめているのかな?」「体重は減っているの?」・・・手順を忘れて、最初に思いついた「この病気かもしれない」という考えにひきずられて、その病気を確定するためだけの検査をしたり、迷子のように治療をすることもある。

正直、僕もおなじような状態にまよいこむことがあって、そのときは基本に立ち返って、紙に「いままでの経緯」「おこなった検査と結果」などを書き連ねて、同僚の獣医師と議論をすることがあります。どうしても、自分の思い込みみたいなものは、ゼロにはできないからです。議論するときに意識するのは、まずは基本をとりこぼしていないかです。

 

病院には毎日のように、セカンドオピニオンを求める飼い主さんがいらっしゃいます。転院希望の方もいます。経過の長い症例もあって、一筋縄ではいかないかな、とおもうことも多々ありますが、どんなにむずかしそうな情報が問診票に書いてあっても(「4つの病院にかかったが、全然治らない」とか)、基本を守れば、こわいことはないと考えています。